目が疲れたのだと思って、目薬をさす。それでも、疲れの正体が目ではない気がしている。
先に答えを言うと、疲れの出どころは、目より手前にありました。画面に映るものが、あなたの意識の食事になっているからです。しかも、見ていない時間まで削られていることが、測られています。順番に、書きます。
スマホを見ると、なぜ疲れるのか
世の中の説明は、だいたい三つに分かれます。目の疲れ。脳の疲れ。依存。どれも間違ってはいません。ただ、僕が見ているのは、そのどれとも少し違うところです。
口から入るものが体を作るように、目から入るものが心を作ります。怒っている人の投稿。誰かをたたくニュース。不安をあおる見出し。あれを一日中浴びておいて、心だけ整えようとするのは、煙の中で深呼吸するようなものでした。
疲れるのは、意志が弱いからではありません。重いものを、食べ続けていただけです。
見ていない時間も、削られている
ここで、調べた話を置きます。
2017年、テキサス大学のウォードたちが、800人近くを集めて実験をしました。参加者に、頭を使う課題を解いてもらう。そのとき、スマホの置き場所だけを変えました。机の上に伏せて置く。ポケットやかばんに入れる。別の部屋に置いてくる。全員、音は消してあります。
結果、別の部屋に置いた人たちの成績が、いちばん良かった。机の上に伏せて置いた人たちが、いちばん悪かった。誰も、課題の途中でスマホを触っていません。そこにあるだけで、頭の容量の一部が、スマホに取られていたのです。
つまり、疲れは、見ている時間だけで起きているのではありませんでした。机の上にある時間、ずっと、少しずつ払っている。休憩のつもりで開いた画面が、休憩になっていなかったのは、そのずっと前から、払い続けていたからです。
意識の食事は、変えられるのか
ここからが、今日の本題です。
見る量を減らす話は、あちこちに書いてあります。ただ、ゼロにするのは現実的ではない。僕が変えたのは、量より先に、中身のほうでした。そして、量を絞った実験のほうにも、中身のヒントが隠れています。
2018年、ペンシルベニア大学のハントたちが、143人の学生を二つに分けました。片方は、SNSを一つあたり一日10分、三つ合わせて30分までに絞る。もう片方は、いつも通り使う。三週間後、絞った側は、孤独感と落ち込みが、はっきり減っていました。
面白いのは、いつも通り使った側でも、不安と、取り残される感じが減っていたことです。理由として挙げられていたのは、自分の使い方を毎日記録していたこと。見ている自分を、見ている。それだけで、食べ方が変わっていたのです。
タイムラインは、あなたが長く見たものを、もっと差し出してきます。だから、何を最後まで読むかで、明日の画面は変わる。僕の場合は、ひと月たつ頃に、スマホは心をすり減らす装置から、整える装置に変わっていました。同じ画面のまま、映るものだけが、入れ替わったのです。
今日から、何が変わるのか
疲れの正体が分かると、責める相手がいなくなります。目が弱いのでも、意志が弱いのでもない。重いものを食べていて、しかも、机の上に置いたままだった。それだけです。
食事なら、選べます。誰の感情を飲むか。どの見出しを最後まで読むか。机の上に置くか、別の部屋に置くか。ゼロにする必要は、ありませんでした。
目薬より先に、献立でした。
出典・参考
- The mere presence of your smartphone reduces brain power — University of Texas at Austin (Ward et al., 2017, Journal of the Association for Consumer Research)
- Hunt, M. G., Marx, R., Lipson, C., & Young, J. (2018). No More FOMO: Limiting Social Media Decreases Loneliness and Depression. Journal of Social and Clinical Psychology, 37(10), 751–768.



