運がいい人は、はじめから運がいいのだと思う。

そう思うと、自分にできることが何もなくなってしまいます。生まれつきなら、努力しても仕方がない。

先に答えを言うと、生まれつきではありませんでした。僕が見てきたかぎり、例外がなかったのはひとつだけ、動くのが早いということです。そして、運を心理学の実験で調べた人が、ほとんど同じことを見つけています。順番に、書きます。

運がいい人は、生まれつきなのか

僕は、この謎を何年も観察してきました。やり方は、消去法です。

学歴は、違いました。努力の量も、違いました。誰よりも長く働いて、誰よりも疲れていて、それでも報われない人を、たくさん見てきました。

知識も、違いました。同じ本を読んで、変わる人と変わらない人がいます。性格も、違いました。明るい人が運がいいとは限らず、無口な人が運が悪いとも限らない。

全部消して、最後に残ったのが——速さでした。

学歴両方にいる努力報われない人もいる知識変わる人と変わらない人性格明るさと運は別学歴両方にいる努力報われない人もいる知識変わる人と変わらない人性格明るさと運は別
消去法。四つとも「運がいい人」と「悪い人」の両方にいた。

400人を3年間調べた人が、見つけたこと

ここで、調べた話を置きます。

イギリスの心理学者リチャード・ワイズマンは、自分は運がいいと思っている人と、悪いと思っている人を、400人以上集めて、3年かけて面談と実験を重ねました。生まれつきの運を測ろうとしたのではなく、両者の行動の違いを測ったのです。

よく知られている実験があります。新聞を渡して、写真が何枚あるかを数えてもらう。ただし、その新聞の途中には、大きな文字でこう書いてあります。数えなくていい、この新聞には43枚の写真がある、と。運が悪いと思っている人たちは、写真を数えるのに集中して、その文字を見落としました。運がいいと思っている人たちは、それに気づいて、数秒で終えました。

ワイズマンがまとめた、運がいい人の行動は四つです。偶然の機会に気づいて、動く。直感を使う。良いことが起きると期待する。悪いことが起きたとき、そこから良いほうへ持っていく。

運が悪いと思っている人目の前の課題に集中して、周りが見えない大きな文字の答えを見落とす偶然を偶然のまま通り過ぎる運がいいと思っている人力を抜いていて、周りが目に入る答えに気づいて数秒で終える偶然に気づいて、その場で動く運が悪いと思っている人目の前の課題に集中して、周りが見えない大きな文字の答えを見落とす偶然を偶然のまま通り過ぎる運がいいと思っている人力を抜いていて、周りが目に入る答えに気づいて数秒で終える偶然に気づいて、その場で動く
運は、起きた出来事の量ではなく、気づいて動いた回数の差だった。

つまり、運がいい人に多く起きているのは、良い出来事ではなく、気づく回数と、動く回数でした。僕が消去法で残した「速さ」は、この二つを一語にしたものです。

例外がなかった、たったひとつ

ここからが、今日の本題です。

運がいい人たちは、例外なく、動くのが早い。ピンと来たら、その週のうちに試しています。違ったら、やめる。それだけです。

僕自身、どん底の頃は、この逆でした。本を読んで、知って、頭のなかに置いたまま動かない。知っていることは増えるのに、現実は一ミリも動きませんでした。動いた瞬間から、まわりが味方するように動き出したのは、そのあとです。

面白いのは、速さそのものより、速く動いた人に何が起きるかです。動くと、次の偶然が目に入る。ワイズマンの新聞の実験と同じで、力を抜いて動いている人ほど、途中の大きな文字に気づきます。速さは、運を呼ぶというより、運に気づける状態を作っていました。

ピンと来る直感が先に答えを出すその週に動く確かめにいく。違ったらやめる次の偶然動いた先で、新しい機会が目に入るまた動く回転が速いほど、運がいいように見えるピンと来る直感が先に答えを出すその週に動く確かめにいく。違ったらやめる次の偶然動いた先で、新しい機会が目に入るまた動く回転が速いほど、運がいいように見える
速く動くと、次の偶然が目に入る。それにまた動く。運がいいように見えるのは、この回転。

いちばん高い買い物は、何なのか

逆に、いちばん高くつく買い物も、はっきりしています。

「いつかやる」です。お金も時間も動かさないのに、回転をいちばん長く止めるからです。そして、いつかやると言った人が、実際にやったところを、僕はほとんど見たことがありません。

運を上げる方法を探しているあいだは、まだ動いていません。速さは、才能ではなく、その日に決められることでした。ワイズマンの400人も、生まれつきの運を持っていたのではなく、気づいて動く癖を持っていただけです。癖なら、今日から持てます。

大きく動く必要も、ありませんでした。僕の最初の一歩も、会いに行くという、たった一度の行動です。人生が動き始める入口は、いつもそれくらいの大きさでした。