続かないたびに、自分の意志の弱さのせいにしてしまう。そして、次の習慣を探しにいく。この繰り返しに、心当たりのある方は多いと思います。
先に答えを言うと、続かないのは意志のせいではありません。やることが、多すぎただけです。そして、そもそも人の行動は、意志で動いている部分のほうが少ない。順番に、書きます。
開運の習慣は、なぜ続かないのか
世の中の開運習慣を並べると、だいたいこうなります。トイレを掃除する。部屋を片付ける。感謝の言葉を使う。口角を上げる。財布を整える。朝日を浴びる。
どれも、悪いものではありません。ただ、全部やろうとした瞬間に、破綻します。
理由は、はっきりしています。新しい習慣を始めるには、そのたびに時間と気力が要るからです。数が増えるほど、必要な燃料も増えていきます。決意は、燃料に似ています。補給の仕組みがないまま走れば、使うたびに減って、いつか切れる。あなただけではなく、誰でも、そうなっていました。
しかも、続かなかったこと自体が、あとを引きます。書けなかった日より、また続かなかった、という事実のほうが重い。そうやって、開運の習慣を試すたびに、自分を採点する材料が増えていきました。
人の行動の四割は、意志ではなく習慣で動いている
ここで、調べた話を置きます。
2002年、心理学者のウッドたちが、人が一日に何をしているかを、一時間ごとに記録してもらう研究をしました。二つの調査で、日々の行動のうち、ほぼ毎日、同じ状況で繰り返されている行動——つまり習慣——が占める割合は、35パーセントと43パーセント。行動の三分の一から半分は、習慣でした。
面白いのは、その先です。習慣的な行動をしているとき、人は、その行動と関係のないことを考えていました。歯を磨きながら、明日の予定を考えている、というあれです。意志は、そこには出てきていません。
つまり、開運習慣を意志で足そうとするのは、意志の出番がない場所に、意志で乗り込んでいくことでした。負けて当然です。
効くのは、足すことではなかった
ここからが、今日の本題です。
僕の観察では、変わった人は、何かを足した人ではありませんでした。集める前に、入れるものを変えた人でした。
無料の情報を何年集めても変われなかった人を、たくさん見てきました。逆に、生活に入ってくるものを変えた人は、そのあと勝手に動き出していきました。
そして、足すより、やめるほうがずっと簡単です。新しい習慣を始めるには時間と気力が要りますが、見るのをやめるのは、今日、指一本でできます。四割の習慣と戦わずに、習慣が拾ってくるものの側を変える。順番が、逆でした。
三つに絞ると、何が起きるのか
僕がいまも守っているのは、三つだけです。
眠りに入れるもの。体に入れるもの。目から入れるもの。
寝る前に、心配事を持ち込まない。腸に負担のかからないものを、一日ひとつ足す。画面に流れてくるもののうち、見たあとに気が重くなるものを止める。
三つとも、入り口の話です。行動を増やす話は、ひとつもありません。そして、三つ全部を完璧にやろうとしなくて、いいんです。今夜の「それは、明日の僕が考える」の一言から始めれば、それだけでその夜の発注書は書き換わります。
僕の観察では、この三つを一ヶ月そろえた人は、顔つきが変わっていきました。何かを手に入れたからではなく、削られる量が減ったからだと思っています。
開運という言葉は、外から運を持ってくる響きがあります。ただ、僕が見てきたかぎり——先に減らした人から、入るようになっていました。四割の習慣は、そのまま味方に回ります。


